──この街には、決して越えられない「雲」がある。
ずっとずっと、夜空の輝きを遮ってきた雲がある。
だから、星空が遠すぎて。
小さな願いは、いつしか大きな憧れへと変わっていった。
雲に包まれたこの街で。
満天の星空を夢見る少女たちがいる。
──これは、柔らかくゆるやかな日々に、淡い夢を見るお話。
──どこまでもどこまでも──
それは、空が青く澄み渡っていた日の朝。
巽の家を出た策は、この街へとやってきた。
空明市。
まるであの空を切り取り、名刺代わりに差し出されたような名の。
──どこか優しく頬を撫でていく、この街の空気。
「お前は好きに生きなさい」
あの厳格な祖父にそう告げられた時、策は自分が巽の者として失格した事を理解した。
わかっていた事だ。
ずっとずっと昔から、わかっていた。
それでも受け入れてしまう事はできなくて、諦めきれなくて、
無様に努力だけを続けてきた。
父のように。
兄のように。
自分にだって、巽の家に生まれついた者が持っていて当たり前のものがあるのだと、
認めて欲しかった。
けれど今、自分はここにいる。
祖先が住んでいたという、古ぼけた屋敷が目の前にある。
「巽の者を代表して、誰かがあの街に行かなければならない」
祖父がそう告げた時、ろくに内容も確認せず、策は話に乗った。
それが、あの家から出る理由となるのなら。
この街の優しさに少しだけ甘えながら。
新しい生活が始まるのだと。
そう決心して、これから住まう事になる屋敷の門を潜った──
これは、柔らかくゆるやかな日々に、淡い夢を見るお話。
……そして、ゆっくりと。
ゆっくりゆっくりと、
雨が降り積もっていく物語。
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